稼働率30%から80%へ。赤字組織を再生させた「人を活かす」組織改革の全貌

優秀なリーダーを採用しても、力を発揮できない。意欲を持って入社した若手が、あっという間に辞めていく。研修を導入しても、効果が続かない——。こうした悩みは、経営者や人事担当者からの相談で後を絶ちません。

答えを探しに、新潟県のあるリゾートホテルを視察しました。10年前、このホテルの稼働率は30%、経営は赤字でした。いまは稼働率80%、黒字経営へと立て直しています。特別な研修や、優秀な個人への依存はありません。日々の業務そのものを、人が育つ仕組みに変えたことが転機になりました。その全貌を紹介します。

危機の現場で見つかった、本当の課題

着任した支配人が最初に向き合ったのは、数字ではなく人でした。着任早々に届いたのは、離職届の山です。スタッフはすでにやる気を失い、指示を待つだけになっていました。

まず行ったのは、「嫌だ」と思っていることを全員に出し切ってもらうことでした。フロント、レストラン、客室清掃——それぞれの現場が抱えていた本音や、お客様が困っていても動けなかった理由。そうした声を一つひとつ引き出すところから、改革は始まりました。

目指したのは、働く一人ひとりがリーダーであり主役になれる組織です。「人に会いに来るホテル」というビジョンを掲げました。

転機:「教える」ことを捨てる

改革の根底にあったのは、コーチング的なアプローチです。やり方を教えることを、あえてやめました。

教えることは、時に成長の妨げになります。指示通りに動けばいいという思考が染みつき、自分で考える力が育たなくなるためです。もちろん、やり方をまったく知らない人には、教える必要があります。しかし考える力が弱いままだと、常に指示を待つ人が増えてしまいます。

目指したのは、スタッフ一人ひとりが自分なりの答えを見つけられるプロセスを、仕組みにすることでした。

改革ステップ①:ビジョンを「自分ごと」にする

最初の一手は、ビジョン委員会の設立です。「人を活かし、感動を届け、地域とともに発展する」という理念を、経営層が一方的に語るのではなく、全スタッフでワークセッションを重ねて作り上げました。

ビジョンを掲げるだけでは、多くの企業がそうであるように「絵に描いた餅」になりがちです。重要なのは、次の問いを日常的に交わすことです。

ビジョンワーク

この言葉は自分にとってどんな意味があるか

日常業務でビジョンを達成するために必要な行動は何か

ビジョンを体現できているとは、どういう状態か

実践の現場では、次のサイクルで問いを日々の業務に落とし込んでいます。

  1. 毎日、目標設定→実行→振り返りレポート提出。週次で先輩社員が1on1で振り返る
  2. 上長はメンバーの行動変化を記録し、月1回のスキルマップ刷新時の1on1に反映する
  3. 目標が行動指針に紐づいているかを、その都度確認する

評価や1on1をビジョンと連動させたことで、ビジョンは額縁の中の言葉から、毎日実践する行動へと変わりました。

ステップ2:意図的に組織のサイロ化を壊す

ビジョンを共有していても、人の視点は目の前の業務に固定されがちです。普段接する数名のメンバーとだけ価値観を共有し、それを組織全体の一体感だと錯覚してしまう状態、つまり視座の低い同質化です。同質化が進むと、別部署を敵対視し、部門間の壁が厚くなる、いわゆるサイロ化が起こります。サイロ化を防ぐために、二つの仕組みが用意されていました。

ローテーション制度で視座を上げる 役職者は数年おきに別部署へ異動する「ロールローテーション」、新入社員は1年かけて現場を一周する「ジョブローテーション」。いずれも、「うちの部署のやり方」という固定観念が生まれない設計です。役職者の異動について、ディズニーランドを運営するオリエンタルランドでも同様の考え方が採られているといいます。上席が変わらないと、視点が硬直化したり、権威やバイアスが偏ったりするリスクがあります。

部門横断の委員会で「気づき」を生む さらに、複数の委員会を設けることで、部門を超えた関わりから、自部署では見えなかった視点に気づく機会をつくっています。

  • CS委員会:毎月、別部署のスタッフが集まり、費用をかけずに顧客満足度を高める工夫を考え、標語として設定する
  • SDGs委員会:スタッフの手上げ式で施策が動く。ペットボトルキャップ400個をワクチン1本に換算し、成果を可視化する取り組みや、コルク回収によるコースター制作などがある。新潟県SDGs優秀賞・県知事表彰を受けたランドセルプロジェクトも、ここから生まれた

繁閑期には、部署を超えて助け合う体制もあります。それを支えているのが、ジョブローテーションで事前に身につけたスキルです。「困ったときはお互い様」という文化は、こうした仕組みがあってこそ機能しています。

ステップ3:成長を可視化し、1on1を機能させる

「教えない」といっても、放任ではありません。業務オペレーションは徹底的にタスク分解され、指導者向け・実行者向けのマニュアルが整備されています。

特徴的なのは、指導者向けマニュアルです。「教えてくれる人によって言うことが違う」というスタッフの声を受けて作られたもので、作業の目的・意図・優先順位までを統一し、誰から学んでも同じ質の教育を受けることができるようにしています。

月1回の棚卸 スキルマップは月1回更新され、上長は1on1でスタッフと一緒に習熟度を確認します。評価は五段階(マスター120%、自走100%、標準80%、初心者50%、現在習得中・今後習得を目指す)で、一覧表として事務所に貼り出されています。誰がどの状態で、次に何を目指しているのかが、一目で分かる仕組みです。

◎マスター120%:教えられるレベル/○100%:自走してできる/△80%:標準/▲50%:初心者/
□現在習得中/■今後習得を目指す(2ヶ月以内)

オペレーション必須人数やスキル獲得人数も明確にすると育成目標が明確になる仕組みです。

「1on1で何を話せばいいか分からない」を解決する 多くの上司が抱える悩みも、スキルマップという共通言語があることで解消されます。「教えられるレベルとは何か」「自走している状態とは何か」を対話し続けることで、双方の言語化能力も鍛えられていきます。

スタッフにとっては、自分の現在地と次の目標が明確になり、成長を実感できることです。上長にとっては、スタッフの状態を正確に把握し、挑戦の機会をつくれることです。この仕組みにより、成長は偶然ではなく必然になります。

さらに、2年目社員が1年目をメンタリングする「ソーシャルエース」制度もあります。支援される側だった社員が、翌年には支援する側に回ります。この循環が、組織を強くしています。

メンターになる2年目社員には、コーチング研修や評価者研修に加え、「幸せの軸」を考える研修やリーダーシップ研修が用意されています。教える側も同時に成長する設計です。

頻度高く行われる1on1

ステップ4:主体性を引き出す「声の実現」

コーチング文化の真髄は、スタッフの声を実際の行動に落とし込むことです。実現された提案には、次のような例があります。

  • 新人発案で、全スタッフの写真を集めたモザイクアートを制作した(自分も組織の一員であることの可視化につながった)
  • お客様からの要望が多かった「子供用おむつ」などのアイテムを提供するようになった
  • 外出機会が少ない部署にも顧客接点をつくる、バックヤードツアーを実施した
  • 1万円の予算制度を設け、常連のお客様などにスタッフ自身の判断でサプライズを用意できるようにした

権限委譲が、自分で考え、決めて、行動する文化を育てています。経営コンサルタントの藤田氏は、ダイヤモンドオンラインのインタビューで「決断機会も成長機会もなければ人は育たない」と語っています。まさに、その考え方を体現した改革といえるでしょう。

大切なのは、現場から上がる声を否定せず、対話を通じて組織全体の視点で捉え直すことです。目的や理由を共有しながら一緒に解決していくことで、「声を出せば形になる」という実感が積み重なっていきます。

ステップ5:お客様ではなく「関係者」をつくる

「人に会いに来るホテル」というビジョンの裏には、お客様としてではなく関係者として会いに来てほしいという想いがあります。お客様や取引先、地域、家族まで巻き込む施策が、その実現を支えています。

業者会:売上補填の話に終始しがちな業者会を、ビジョンを共有し本気の関係を築く場に変えました。マーケティング部では販売チャネルごとに「一人一担当」制を導入し、片手間対応を排除しています。

家族招待イベント:年に一度、休館して社員の家族を招待します。予算150万円の運営を2年目スタッフが担当することで、一人では成しえないストレッチ体験と当事者意識が育まれます。

バックヤードツアー・修学旅行受け入れ:裏側まで見ることができる環境が、スタッフの意識を常にオン状態に保ちます。将来の社員候補を育てる機会にもなっています。

ステップ6:感謝と承認を文化にする

最後に欠かせないのが、感謝を伝え合う仕組みです。

サンクスカードを導入する企業は多いものの、継続できている組織は多くありません。継続できている理由は、カードをもらった人だけでなく、感謝を伝えた人も評価していることです。好ましい行いに目を向ける視点が、習慣として根づいています。

サンクスカードを導入する企業は多いものの、やり切る組織は少数です。継続のコツは、評価に反映させること

この組織では、カードをもらった人だけでなく、相手に感謝を伝えた人も評価します。たくさんの感謝の声=良い影響を与えている証。習慣化することで、「良いこと」に目を向ける視点が養われていきます。

サンクスカード

表彰制度も充実しています。ビジョンを体現した人を毎月表彰し、年間ではMVP・ベストスマイル・最優秀新人を選出します。MVPには等級の二段階昇格や海外報酬まで用意されています。表彰状の文面は一人ひとり異なり、全員を主人公にする文化が表れています。

リーダーの率先行動が、こうした文化を支えています。インカムを業務連絡だけでなく感謝を伝え合うツールとして使う、朝礼で自由な発言の時間を設ける。日常の積み重ねが、「言いやすい文化」を醸成しています。

表彰制度

成果:数字の裏にある「人の変化」

稼働率は30%から80%へ。赤字から黒字へ転換しました。しかし、最も誇るべき成果は、売上の数字ではありません。

お客様がまた会いに来てくれること。スタッフが自分で考えて動くようになったこと。部署を超えて助け合う文化が生まれたこと。売上の改善は、その結果にすぎません。

組織開発の設計図:3つのステップ

事例を自社に応用できる形に整理すると、次の3ステップになります。

Step1 ビジョンを明確化する 組織がどこへ向かうのか、成し遂げたいゴールを定義します。すべての出発点であり、ここが揺らぐと、以降の施策がすべてブレてしまいます。

Step2 ビジョンを実現するオペレーションを明確化する そのビジョンを達成するには、どんな業務フローが必要かという視点で、業務を分解・再構築するフェーズです。

Step3 オペレーションを実装する部門・役割・行動特性を明確化する そのオペレーションを担う人材に、どのような知識・スキル・行動(コンピテンシー)が求められるのかを、高解像度で言語化します。

この3ステップを定義してはじめて、採用・教育・労務という人事施策が、ビジョン実現のためのエンジンとして機能し始めます。採用ではペルソナに基づくミスマッチのない人材選定ができ、教育では現場で使える実践的なコンテンツを用意できます。労務では、納得感のある評価基準を設計できます。

組織風土を構築するステップ

明日からできる、5つの小さな一歩

完璧な制度を一度に導入する必要はありません。小さく始めて、スタッフと一緒に育てていくことが大切です。

  1. ビジョンを日々の目標と結びつける仕組みをつくる
  2. 答えを与えるより、考えるプロセスを引き出す
  3. スタッフの声を実現し、小さな成功体験を積み重ねる
  4. 成長とチャレンジを可視化し、認め合う文化をつくる
  5. 社員だけでなく、家族・業者・地域までを巻き込む

単発の研修では変わらなかった組織が、日々の業務を通じた成長の仕組みによって変わります。それは特別なことではなく、どの企業でも実践できることです。

「人を活かせば、組織は必ず変わる」——今回の改革が、その確信を示してくれました。


自社の組織風土や人事施策を見直すきっかけにしたい方は、まず「ビジョン」「オペレーション」「行動特性」のうち、どこが言語化されていないかを整理してみてください。

鈴木敦子
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