なぜ「ハラスメント実態調査」を行っても職場は変わらないのか?

調査はゴールではない。調査の「先」にこそ、解決がある

「今年も社内アンケートを実施しましたが、上がってくるのは『特になし』ばかり。それなのに、若手の離職は止まらず、ネット口コミには不満が書かれている……」

こんな悩みを抱えている経営者・人事担当者の方は、少なくないのではないでしょうか。

多くの企業が、コンプライアンス対策としてハラスメント実態調査(以下、実態調査)を実施しています。しかし、調査をしても問題は解決せず、現場の空気は重いまま。なぜでしょうか?

本記事では、「調査をやっただけでは不十分な理由」を構造的に解説し、それを補う具体的なアクションを、デンマーク・フランスの海外事例を交えてご提案します。

結論から言えば、実態調査は「問題を見つけるためのツール」であり、「問題を解決するツール」ではありません。調査を実施して終わりにしている企業が多いから、問題は解決しないのです。

1. データが示す「調査の限界」と「沈黙する社員たち」

まず、日本の現状をデータで確認しましょう。連合が発表した「2024年労働相談報告」によれば、「パワハラ・嫌がらせ」に関する相談件数は10年連続で最多を更新しています。

一方で、企業側もハラスメント対策を強化しており、実態調査の実施率は年々上昇しています。ところが、相談件数は減らない。なぜこのギャップが生まれるのでしょうか。

厚生労働省の調査には、衝撃的な数字があります。ハラスメント被害を受けた人のうち、約35.2%が「何もしなかった」と回答。その最大の理由は、「何をしても解決にならないと思ったから」です。

つまり、企業側が対策を強化すればするほど、「やっている感」は出るものの、現場の信頼は積み上がっていない。その象徴が、実態調査に集まる「特になし」という回答の山です。 社員がサイレントになる背景には、「匿名のはずなのに特定されるのでは」「書いても何も変わらない」という、過去の経験から来る不信感があります。この不信感を解消しない限り、どれだけ調査票を配っても本音は出てきません。

2. なぜ、御社のハラスメント調査は機能しないのか?

企業のハラスメント対策の多くが「調査→報告→終了」のサイクルで止まっています。その背景にある、実態調査の構造的な3つの欠陥を見てみましょう。

① アンケートが「踏み絵」になっている

「正直に書いたら、犯人探しをされるのではないか?」という恐怖が、社員の回答を萎縮させます。匿名と銘打っていても、部署・性別・年代を組み合わせれば、小さな組織では記入者はほぼ特定できます。その結果、「特になし」という無難な回答が並ぶのです。

② 「認識のズレ」を放置している

「熱心に指導したつもり」の上司と、「人格を否定された」と感じる部下。「パワハラを受けましたか?」という直球の質問では、このグレーゾーンにある事象を拾い上げることはできません。加害者に自覚がない以上、アンケート結果は「シロ」になりますが、被害者の心は離れていきます。

③ 調査自体が「アリバイ作り」化している

「年1回やれば義務は果たした」という意識がある限り、従業員は「どうせ変わらない」と学習し、沈黙を選びます。問題は、調査の実施にあるのではなく、調査の後に何をするか、が示されないことにあります。

3. 世界はどう解決しているか? 調査の「先」へ踏み込む海外の事例

先進国では、実態調査をスタート地点として位置づけ、「対話」や「組織変革」につなげています。2つの事例を紹介します。

(1) デンマーク:「対話カード」で職場の境界線を自分たちで決める

デンマークでは、ハラスメントを「個人の性格の問題」ではなく「職場の対話不足」と捉え、予防に力を入れています。

その代表的なツールが、BFA(セクター別労働環境コミュニティ)が開発した「対話カード(Dialogkort)」です。具体的な事例やジレンマが書かれたカードをチームで引き、議論するワークショップ型のアプローチです。 例えば、こんなカードがあります。

シナリオ:褒め言葉 「職場の懇親会で、『君は本当に美しい』『そのパンツはよく似合っている』と外見を褒められた。」

  • 問い: あなたはどう思いますか? これを不快だと感じますか?

ポイントは「〇〇さんの行動はどうか?」とは聞かないことです。架空のシナリオを使うことで、角を立てずに「ウチの職場ではどこまでOKか」という境界線を、チーム全員で話し合い、合意形成できます。これが、形骸化した調査の代替ではなく、調査で得た課題を「対話で解決する」ための具体的なアクションです。

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(2) フランス:「組織の仕組み」に責任を問う

フランスのアプローチはより法的・構造的です。フランスでは、特定の個人が暴言を吐かなくても、「過剰なノルマ設定」「孤立させる人事配置」「過度な業績監視」といった経営方針そのものが「制度的ハラスメント」に該当するとみなされます。

フランス・テレコム(現オランジュ)では、経営トップが「従業員を退職に追い込む組織的な環境を作った」として有罪判決を受けました。この判決が示すのは、ハラスメントは特定の困った社員の問題ではなく、それを許容・助長している組織の仕組みに問題があるという視点です。

実務的には、フランスの多くの企業は定期的な「心理的リスク評価(RPS評価)」を実施し、労働環境のリスクを組織レベルで定量化・改善するプロセスを義務づけています。調査結果を「個人のクレーム」としてではなく、「組織改善のデータ」として活用する仕組みが根付いています。

4. 日本の取り組み事例

海外だけではありません。日本でも、調査を起点に組織変革につなげている企業があります。

例えばソニー銀行株式会社では、アンケート調査を単なるデータ収集にとどめず、企業理念と結びつけたハラスメント対策の一環として活用しています(参照:厚生労働省「あかるい職場応援団」掲載事例)。経営の価値観と現場の行動基準をつなぐ文脈で調査が機能しているのが特徴です。

「あかるい職場応援団」(厚生労働省)のサイトには、こうした好事例が複数掲載されています。自社の規模・業種に近い企業の取り組みを参考にすることをおすすめします。

5. 明日からできる!中小企業のための「3つの変革アクション」

海外の事例を踏まえ、調査の「先」につながる具体的なアクションを3つご提案します。

アクション①:アンケートの質問を「事実ベース」に変える

「ハラスメントを受けましたか?」という抽象的な問いをやめ、具体的な行動の有無を問う「行動リスト法」に変えましょう。

  • × 「パワハラを受けましたか?」
  • ○ 「過去6ヶ月以内に、他の従業員の前で大声で叱責されるのを見ましたか?」
  • ○ 「挨拶を無視されたり、必要な連絡を回してもらえなかった経験はありますか?」

こうすることで、「ハラスメントかどうかの判断」を従業員に委ねず、組織のリスク状況を客観的に把握できます。

アクション②:研修を「座学」から「対話型」に変える

「ハラスメントはいけません」という知識の伝達だけでは、職場は変わりません。デンマークの対話カードのように、シナリオを使った「セーフかアウトか?」をチームで話し合うワークショップを取り入れましょう。

上司と部下の認識のズレを可視化し、「自分たちの職場で、どう振る舞うのが最適か」を自分たちで考えることが、行動変容につながります。

アクション③:経営者が「コミットメント」を明示する

最も重要なのは、経営者の覚悟です。「不都合な真実でも、私は知りたい。報告してくれた人は必ず守る」というメッセージをトップが発信し、実際に外部の通報窓口(弁護士など)を設置して「握りつぶし」ができない体制を整えましょう。

調査結果のフィードバックを全社に共有し、「こう改善した」という実績を積み重ねることが、社員の信頼回復への近道です。

まとめ:調査は「入口」、対話と変革が「出口」

ハラスメント実態調査の目的は、誰かを罰することではなく、組織の病巣を早期に発見し、社員が健全に働ける環境を作ることです。つまり、生産性を守ることに他なりません。

調査は「問題の所在を知るための入口」に過ぎません。デンマークのような「対話」でチームの境界線を作り直し、フランスのように「組織の仕組み」を問い直す。その先にこそ、本当の変化があります。

今年の調査は、配って回収する「儀式」から卒業し、組織を変えるための第一歩にしてみませんか?


参考資料 本記事は、以下の公的機関や専門機関のデータ・事例に基づき構成されています。
連合「2024年労働相談報告」
厚生労働省「職場のハラスメントに関する実態調査」
国土交通省内でのハラスメント事案に関する報道・質疑
デンマークBFA(セクター別労働環境コミュニティ)
Dialogkort各種資料
フランス破毀院(最高裁)による制度的ハラスメント判決

執筆:鈴木敦子

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