
同じ研修を受けても、同じように上司から助言を受けても、変わる管理職と変わらない管理職がいます。
現場ではその差を見て、「あの人は変われる人だ」「この人は変わらない人だ」と整理したくなることがあります。 この見方は便利なようでいて、育成の打ち手を見えにくくします。 「変わらない」という言葉は現象の説明にはなっても、何が変化を止めているのかまでは示してくれません。
本当に見るべきは、その人がどこで止まっているかです。
この記事では、変化が起きる人と起きにくい人の差を、変化の必要性の自覚、フィードバック受容、当事者意識、防衛反応という観点から整理します。

管理職育成を全体設計から見直したい方は、[管理職育成がうまくいかないのは、育成の問題ではなく設計の問題である]もあわせてご覧ください。
目次
「変わらない管理職」というラベルでは、育成の打ち手が見えなくなる
「変わらない管理職」という言葉は、現場でよく使われます。
何を言っても響かない。同じ指摘を繰り返しても行動が変わらない。周囲の不満も減らない。 そのような状態をまとめるには便利な言葉です。
このラベルで思考が止まると、見立ては一気に粗くなります。
能力が足りないのではないか、という理解に流れれば、育成を諦めるしかありません。 そもそも管理職に向いていないのではないか、という理解に流れれば、本人の資質として片づけてしまいます。
どちらも、間違いだとは言い切れません。 それだけでは、支援の起点が見えてこないだけです。
必要なのは、「変わるか、変わらないか」を分類することではなく、「どこで止まっているのか」を見ることです。
これは、「考える力が弱い」という評価をそのまま使わずに分解する必要があるのと同じです。 雑な評価は、現象を言い当てているようでいて、支援の方向を曖昧にします。 分解して見る視点は、[「考える力が弱い」で片づける前に分解したい、管理職の5つの力]でも整理しています。
変わる管理職には、現状ではいられない理由がある
変わる人は、最初から素直で、何でも受け入れられる人とは限りません。
大きいのは、「このままではいられない」という感覚が、本人の中に生まれているかどうかです。
それは、目の前の問題かもしれません。
チームがうまく回らない。部下との関係が悪化している。上司との認識がずれている。 こうした現実を前にして、「今のままではまずい」と感じることがあります。
一方で、未来への意思から始まることもあります。
もっとこういう管理職になりたい。この役割を本当に果たせるようになりたい。 今のやり方では、望む状態には届かない。 こうしたビジョンもまた、変化の起点になります。
重要なのは、問題から出発するか、理想から出発するかではありません。 どちらにせよ、変わることの必要性、緊急性、重要性が、本人の言葉として表れていることです。
変化は、必要を自分の言葉で持てる人に起こりやすくなります。
逆に言えば、周囲がどれだけ正しい助言をしても、本人の中で「今のままではいられない理由」が見えていなければ、変化は表面的な理解にとどまりやすくなります。

変わらない管理職は、フィードバックの前で防衛反応が先に出やすい
学ぶ力がないことそのものより大きいのが、フィードバックを受け止める前に防衛反応が立ち上がることです。 これは、変わらない管理職に共通して見られる傾向です。
ネガティブなことを言われたくない。問題が自分にあるとは認めたくない。今のやり方を崩したくない。 そうした反応が先に出ると、本人の中で起きるのは内省ではなく防御です。
その防御は、さまざまな言葉として現れます。
「それは部下側の問題です」 「自分だけが悪いわけではありません」 「今のやり方でも回っています」 「そこまで問題だとは思っていません」
これらは、単なる反抗ではありません。 多くの場合、現実を受け止めきれない状態のサインです。
現状の正当化、他責、現状否認は、未熟さを断罪するための材料ではありません。 変化に向き合う準備がまだ整っていないことを示しています。
ここで重要なのは、助言の質だけを疑わないことです。 どれだけ内容が妥当でも、受け止める土台が整っていないと、本人には入りません。
変化を止めているのは、能力不足よりも、防衛反応であることがあります。
分岐点は、主語が「わたし」になるかどうかにある

変わる管理職は、ある時点から語り方が変わります。
部下が悪い、会社が悪い、上司がわかっていない、といった外側を主語にした説明だけで終わらなくなり、「わたし」を主語にして話し始めます。
「自分はどうなりたいのか」 「今の状態に対して、自分に何ができるのか」 「自分の側にやりようはあるのか」
こうした問いが出てくるようになります。
ここで初めて、変化は現実的なものになります。 主語が自分に移ることで、行動の選択肢が見え始めるからです。
部下や環境を変えることはすぐにはできません。 ただ、自分の見方、関わり方、伝え方、任せ方は変えられるかもしれない。 その余地が見えたとき、人は動き始めます。
ただし、このとき注意したいのが、当事者意識と自責は違うという点です。
「自分が悪かったのだ」と強く責めることも、一見すると主語は自分です。 自責は、必ずしも変化に向かうとは限りません。
自責は、他責と同じように、現実をそのまま見る代わりに、心を守るための正当化になることがあります。 自分を責めることで思考が止まり、具体的な働きかけの検討に進まないためです。
当事者意識とは、自分を責めることではありません。 自分にできる働きかけの余地を見ることです。
この違いは、管理職の変化を見立てるうえで非常に重要です。
フィードバックを受けて、「確かに自分にも影響している部分があるかもしれない」「次に自分はどう関わるべきか」と語り始めたとき、本人の中では変化が始まっています。
こうした認識の切り替わりが、実際の行動変化につながっていく様子は、[役割定義と配置の見直しで、管理職育成が動き出した事例]でも確認できます。
組織が見るべきなのは、「変わるかどうか」ではなく「何が変化を止めているか」
管理職育成の現場で本当に必要なのは、「この人は変わる人か、変わらない人か」を見極めることではありません。 「何がこの人の変化を止めているのか」を見ることです。
見るべき観点はいくつかあります。
まず、本人の中に変化の必要性が生まれているか。 次に、フィードバックを受ける場面で防衛反応が強く出ていないか。 さらに、主語を「わたし」に置いて語れているか。 そして、正直さ、素直さ、自己受容の度合いがどの程度あるか。
ここでいう素直さは、何でも従うことではありません。現実を現実として受け止める力を指します。 正直さは、自分にとって痛みのある事実からも目をそらしすぎないことを指します。 自己受容は、理想と違う自分を認めたうえで、それでも次の一歩を考えられることを指します。
こうした土台がある人は、フィードバックを学びに変えやすくなります。
同時に、本人だけを見て終わらないことも重要です。
役割定義が曖昧なままでは、本人も周囲も何を変えるべきかを捉えにくくなります。 期待される役割が不明確だと、フィードバックは感覚的になります。 本人は何を引き受ければよいのかも分からなくなります。 この点は、[管理職に求める役割を定義できていますか]で詳しく整理しています。
また、そもそも任命や配置の時点で無理がある場合、本人の変化可能性だけを問うこと自体が適切ではないこともあります。 誰を管理職に置くか、どの役割を担わせるかがずれていれば、本人の努力だけでは解けない問題になります。 この論点は、[管理職育成がうまくいかない会社が見落としている「任命ミス」]ともつながります。
組織が見るべきなのは、「変わらない人」を仕分けることではありません。 本人の止まり方と、組織側の前提の曖昧さの両方を見立てることです。
おわりに
変わる管理職と変わらない管理職の違いは、単純な能力差ではありません。
変わる管理職には、現状ではいられない理由があります。 問題意識であれ、未来への意思であれ、変化の必要性を自分の言葉で持っています。
変わらない管理職には、フィードバックの前で防衛反応が立ち上がっていることがあります。 現状の正当化、他責、現状否認は、変化に向き合えない状態のサインです。
大きな分岐点は、主語が「わたし」になるかどうかにあります。 当事者意識とは、自分を責めることではなく、自分にできる働きかけの余地を見ることです。
組織が見るべきなのは、その人が変わるかどうかではありません。 何が変化を止めているのかです。 その見立てが変われば、管理職育成の関わり方も変わっていきます。
管理職が変わらない理由を本人の資質だけで片づけず、何が変化を止めているのかを見立て直したい場合は、役割定義や関わり方も含めて整理してみてください。
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執筆:鈴木敦子
