
研修を重ねても、管理職の行動がなかなか変わらない。 面談をしても、上司と本人の会話が噛み合わない。 周囲にも不満が溜まり、現場全体がどこか停滞している。
こうした状態が続くと、組織はつい「本人に問題があるのではないか」と考えがちです。 実際、支援先でも、対象者たちが"問題のある管理職"として見られている場面がありました。 ですが、外部から見ていると、必ずしもそれだけでは説明がつかないことがあります。
表面上起きている事象を問題として扱っていても、そこに至った要因が整理されていない。 その結果、研修や指導は入っているのに、問題が解消しない。
今回取り上げるのは、ある支援先で、役割定義と配置の見直しを起点に管理職育成が動き出した事例です。
管理職育成が止まる背景には、育成施策そのものより前に、設計の問題があることがあります。 全体像は、[管理職育成がうまくいかないのは、育成の問題ではなく設計の問題である]で整理しています。
目次
管理職育成が止まっていた現場では、対象者が"問題児化"されていた
支援先で最初に目についたのは、管理職本人の行動そのものでした。 上席側は「任せられる部下やメンバーがいない」と嘆き、対象者は部下のできていない点を並べる。 現場には、抱え込み、判断の先送り、部下との関係のぎくしゃくが見えていました。
ここだけを見ると、「やはり本人に課題がある」と見えても不思議ではありません。 外部支援者として丁寧に見ていくと、別の構図が見えてきました。

表層的な事象だけが問題として扱われていた
経営側や人事側が問題として捉えていたのは、主に表面に出ている行動でした。
部下に任せられない。部下のできていない箇所を並べる。自分で抱え込む。チームが前に進まない。
たしかに問題が山積しています。 しかし、みるべきポイントは、それらの事象ではありません。 本来見るべきは、その事象を引き起こしている根本要因です。
この現場では、事象に至る要因特定が曖昧なままでした。 行動は見えているが、その背景にある役割の不明確さ、配置の不整合、上席側の期待とのズレ、 組織構造上の無理は整理されていなかったのです。
部下側には、評価されない理不尽さへの不満が溜まっていた
部下側に話を聞くと、別の景色が見えてきました。
評価されていない。認められていない。一方的にできていない点ばかり見られている。
上から見えている問題と、下から感じている不満が、つながっていませんでした。
上席は「この管理職がうまく機能していない」と見ている。 本人は「部下が育っていない」と見ている。 部下は「自分たちは適切に見られていない」と感じている。
三者それぞれが、別の景色を見ていました。 この状態では、管理職本人だけに働きかけても、現場全体の空気は変わりにくくなります。
要因特定が曖昧なまま、本人の問題にされていた
支援先で起きていたのは、単純な対象者の能力不足ではありませんでした。 表層的な事象だけが問題視され、その背景にある要因特定が整理されず、対象者が"問題児化"されていたことが大きかったと思います。
そうなると、支援はどうしても本人への是正や研修に寄りやすくなります。 環境が整っていなければ、研修をしても現場で機能しにくいのです。
そもそも誰を管理職にするかの判断が曖昧だと、その後の育成も機能しにくくなります。 この点は、[管理職育成がうまくいかない会社が見落としている「任命ミス」]でも詳しく整理しています。
見直したのは研修ではなく、組織構造・配置・役割定義の順番だった
この事例で見直したのは、研修メニューそのものではありませんでした。 研修を否定したわけではありません。 研修が機能する前提が整っていないと、学びは現場で活かすことができません。
実際に行ったのは、次のような順番での見直しでした。

組織構造の適正化、ビジョンの明確化、 ビジョンを実現するために必要な業務フローの確認、 業務フローに対して今の組織配置が適切かの見直し、 管理職の役割の再定義、 望ましい管理職の状態・コンピテンシー(管理職に求められる行動特性)の言語化とすり合わせ、 上席と当事者の2on1で方向性を握る、 日常業務を成長コンテンツとして伴走する、という流れです。
最初に見直したのは、組織構造とビジョンだった
この現場では、管理職だけを切り出して見ても、根本問題は見えませんでした。 まず必要だったのは、組織としてどこに向かうのか、何を実現したいのかを明確にすることからでした。
ビジョンが不明確なままだと、管理職に何を担ってほしいのかも定まりません。
変革を求めているのか、安定運用を求めているのか。 プレイヤーとしての成果を期待しているのか、チームを通じた成果創出を期待しているのか。
この前提が揃っていなければ、現場で機能する管理職育成の設計できません。
そのビジョンを実現する業務フローと配置を確認した
次に見たのは、ビジョンを実現するための業務フローと、そこに対する配置の適合です。
今の管理幅は広すぎないか。チームの組み合わせに無理はないか。 期待する役割と、今の配置が噛み合っているか。
重要なのは、配置見直しを"失敗の認定"として扱わないことです。 配置の見直しは、誰かを否定することではありません。役割との適合を調整する行為です。
管理職の役割と、望ましい状態を言語化した
また配置だけ見直しても不十分です。 そこで、管理職に何を期待するのかを改めて言語化しました。
- チームとして成果を出す。
- 部下を育成する。
- 判断と意思決定を引き受ける。
- 組織内外を調整する。
それらをどのような状態で果たしているとみなすのか、望ましい管理職の状態やコンピテンシーもすり合わせました。 ここが不明確だと、支援も評価も抽象的になります。
役割定義が曖昧なままでは、育成も評価も機能しません。 前提となる考え方は、[管理職に求める役割を定義できていますか]で詳しく整理しています。
上席と当事者の2on1で方向性を握り、日常業務で伴走した
この事例で特徴的だったのは、研修の場だけで終わらせなかったことです。 上席と当事者の2on1で方向性を握り、日常業務そのものを成長コンテンツとして扱いました。
何を見ていくのか。どこを変えていくのか。どの場面を成長機会として捉えるのか。
これを共有しながら伴走したことで、学びが現場で分断されにくくなりました。
階層研修の一部で関与しても、その層だけでは変えきれないことが多くあります。 現場で関わる上席や周囲の見方・関わり方が変わらなければ、研修は機能しにくい。 この支援先でも、そのことがはっきり表れていました。

変化の起点は、フィードバックによって自分の影響範囲に気づいたことだった
この事例で変化が起きたきっかけは、知識を新たに得たことだけではありませんでした。 むしろ大きかったのは、周囲からのフィードバックを通じて、自分の影響範囲に気づき始めたことです。
周囲からのフィードバックが、認識の転機になった
対象者は当初、現場で起きている問題を、主に部下や周囲の課題として見ていました。
周囲からのフィードバックを受ける中で、状況は少しずつ変わっていきます。 自分のふるまいや関わり方が、チームにどう影響しているのか。 それを、少しずつ捉え始めました。
問題が「周囲にある」だけではなく「自分の関わり方にも関係している」と見え始める。 これは、行動変容における大きな転機です。
言葉にできない自分に直面したことが、変化の入口になった
さらに大きかったのは、言語化を促したときの反応です。
何を目指しているのか。どう関わろうとしているのか。何を問題だと見ているのか。
言葉にしようとすると、うまく言えない。 その瞬間に、対象者は言葉にできない自分に直面します。
これは痛みを伴いますが、重要な経験です。 言葉にできないということは、認識がまだ整理されていないということでもあります。 そこを通ることで、初めて自分の見立てや判断の粗さに気づけます。
捉え方が変わると、行動の選択肢が増えた
対象者の捉え方が変わると、行動の選択肢も広がっていきます。
これまでなら、部下のできていない点を指摘するしかなかった場面でも、「何を期待しているのかを言葉にする。自分が抱え込まずに問い返す。 どこまで任せるかを考える。周囲にどう伝えるかを整理する。」といった別の関わり方が見えてきます。
能力が急に上がったわけではありません。 見え方が変わり、選べる行動が増えたことから、すべては始まっています。
本人の行動が変わると、周囲の反応も変わり、育成は動き出した
認識が変わると、本人の行動にも変化が表れます。 そして、その変化は周囲の反応にも波及していきました。
本人の行動に変化が出始めた
最初に見えたのは、本人の行動の変化でした。
これまでのように何でも自分で抱え込まなくなる。 部下に任せる場面が増える。 できていない点を並べるだけで終わらず、期待を言葉にしようとする。 判断を先送りせず、論点を整理して向き合おうとする。
大きな成果が一気に出たわけではありません。 ただ、行動の質が変わり始めたことは、現場でも見える変化でした。
上席の見方と関わり方も変わった
本人の変化と同時に、上席側の関わり方にも変化が生まれました。
それまでは抽象的に「もっと任せてほしい」「もっと育ててほしい」といった指摘になりがちでした。 役割定義が整理されたことで、何を見て支援すべきかが具体化していきます。
2on1の質も変わります。 会話が感覚論や人格論に流れにくくなり、役割と行動に沿った対話がしやすくなるのです。
周囲の反応が変わり、好循環が生まれた
本人の行動が変わると、部下や周囲の受け取り方も変わります。 それまで「どうせ見てもらえない」「また責められる」と感じていた側も、小さな変化に反応し始めます。
この反応が返ってくることで、本人の行動はさらに変わりやすくなります。
捉え方が変わる。行動の選択肢が増える。行動が変わる。周囲の反応が変わる。 その反応が、さらに本人の変化を後押しする。
こうした好循環が生まれていきました。
ここで初めて、管理職育成が"研修の場"ではなく"現場で"動き出したと言えます。
この事例が示しているのは、管理職育成は"本人を変える"前に"前提を見直す"必要があるということ
この事例から見えてくるのは、管理職育成が止まっているとき、まず疑うべきは本人の資質だけではないということです。
問題は、対象者本人にあるとは限らない
経営や人事、上席が対象者を"問題児"として見始めると、支援は機能しにくくなります。 表層的な事象だけが問題化され、その背景要因の整理が曖昧なままになるからです。
その状態で研修や指導を重ねても、現場では変化につながりにくいでしょう。 問題の見立てがずれていれば、打ち手もずれやすいからです。
研修は不要なのではなく、前提が整って初めて効く
ここで伝えたいのは、研修不要論ではありません。 研修は必要です。前提が整っていなければ効きにくい、というだけです。
研修によって主体性が高まり、視野が広がること自体は良いことです。 しかし、組織が停滞したままだと、優秀な人ほどその停滞を見限ることがあります。 人だけ育てて組織を変えない状態は、離職のリスクを高める場合もあります。
自社でも、役割定義と配置の見直しから始められる
管理職育成が止まっていると感じたとき、いきなり研修メニューを増やす前に、まず見直したい点があります。
どのような組織を目指しているのか。 そのための業務フローはどうあるべきか。 今の配置はそれに合っているか。 管理職に何を期待しているのか。 上席はどのように関わっているのか。
ここが整理されると、育成も評価も、現場で意味を持ち始めます。
おわりに
この事例で変わったのは、本人の気合いや研修量だけではありませんでした。 組織構造、ビジョン、業務フロー、配置、役割定義、そして上席との関わり方を見直したことで、管理職育成がようやく現場で動き出したのです。
管理職育成が止まっているとき、見直すべきは研修内容だけではありません。 誰が悪いのかを探す前に、何が曖昧なままになっているのかを見直すこと。 そこから始めるほうが、結果として人も組織も動きやすくなります。
役割定義、配置、育成、評価のつながりを整理したい方は、以下の記事もあわせてご覧ください。
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執筆:鈴木敦子
