人事の仕事や組織開発に関わっている方々に、「働く」の面白さや課題、これからの組織のビジョンをうかがいます。
今回の対談のお相手は、外資系のアパレルメーカーで人事を担当するIさんです。
Iさんは、新卒で入社した総合リゾート開発の企業で採用担当となり、それから一貫して人事キャリアを歩まれてきました。現在は管理職として、会社で働く皆さんが生き生きと活躍できる職場作りに取り組まれています。
Iさんと鈴木が深く語り合ったテーマは、「中堅社員のこれからのキャリア」。人生100年時代と言われる現代。社員が仕事の枠を超えて、ライフも含めたセカンドキャリアを描くために、会社や人事部はどのようなアプローチができるのでしょうか。
目次
不安と諦め。中堅社員のキャリア迷子
働き盛りと言われる、40代・50代。しかし、管理職になる人/ならない人へとわかれ、ビジネスパーソンとしてのキャリアビジョンが描きにくいだけでなく、介護や老後の準備といったライフスタイルの悩みも出てきやすい世代です。そのため、働く意欲を失ったり、思い悩んでしまう方たちも、少なくはありません。
共働きも増えていますが、この世代は「会社も家族も支えるべし」と大黒柱でずっと頑張ってきた男性も多い。そういった方たちは、自分のことよりも組織の意向や家族の期待を優先させて、自分の想いを後回しにしてきました。だから、あらためて「これからどうしていきたいですか?」「ご自身のやりたいことは?」と聞かれても、困ってしまうんです。
そこを人事としては、「自分やまわりの人の個性を自由に生かしてもいいんだ」のマインドに変えるアプローチができると理想的です。すると、自己開示と相手を受容することができ、最終的には自分自身の変革に導けるんじゃないかと思うのですが。ウェルビーイングを高めたいですね。
そんな状態で、「ご自身のやりたいことを見つけて、モチベーション高くやっていきましょう」と言われても、なかなかできないんです。今まで他者軸で行動してきた人に、「いきなり自分で考えて行動してください」と言うのは、無理がありますよね。
Iさんは、普段はどのようなアプローチをされていますか。
そこで、私から気持ちを伝えています。返報性の法則といいますか、相手の感情も引き出せるんじゃないかと考えたんです。とくに、チームメンバーとの日々のコミュニケーションは、自己開示から始めています。実際に、お互いの理解が深まる体感もあります。
自信がないときは、エフィカシーを高めよう
職場で悩んでいる方がいたら、まずは自己開示を行い、信頼関係を作るところから始めているというIさん。信頼関係を作るには、関わりの頻度や類似性、返報性が大切です。自己開示によって相手も共通点を見つけるようになり、距離が近くなります。そうした上で、「一人ひとりの課題と一緒に向き合うようにしている」と話してくださいました。
相手が心を開き、自分の気持ちを話してくれるようになったら、続いてエフィカシー(達成能力)を高めるコミュニケーションを意識してみましょう。仕事やプライベートの中で得た成功体験や、チャレンジしてきたことなどを振り返り、「自分はこんなことをやってきたんだ」と見つめ直すのです。すると自己評価が高まり、新しいことにチャレンジするなど、未来へ一歩進めるようになります。
そこで大切なのが、「本当にやりたい!」「どうしても成しえたい」という強い欲求のイメージです。それは、繰り返し現れる行動、つまり無意識下でやっていることにヒントがあります。趣味やプライベートの中から考えても構いません。「夢中になれることをしているとき、仕事はどんな感じになっているだろう?」の切り口で、将来の仕事のイメージをしてもいいんですよ。
人生の後半戦は、「会社員としてどうしていくか?」ではなく、自分のライフも含めて未来図を描く。すると「今」が変わっていきます。
自分の感情に気づき、表現するトレーニング
とはいえ、「好きなこと」や「やりたいこと」がすぐに思い浮かばないケースもありますよね。それは、自分の感覚や感情の言語化がうまくできていないだけなんです。
人間の体は、日々さまざまな感覚や感情を感じます。感情の仕組みを簡単に説明すると、たとえば「子どもの頃に犬を飼っていた」経験を持つ人は、犬を見たときに情動反応という生理反応が起き、「可愛い」「好き」「温かそう」といった感情に表れます。
いっぽう、自分の感覚を無視し、感情を抑えてきた傾向のある方は、自分の喜びや楽しさも抑制してきたため、すぐに「好きなこと」が思い浮かびません。でも、感情の言語化はトレーニングでできるようになります。
言葉と記憶が結びついている認識を高め、感じたことや思うことの表現の質を高める訓練ですね。充足感や達成感など、人それぞれ自分の心理的欲求を満たすキーワードは違うので、それも自分で探していきます。
また、楽しいときやワクワクするときは体が温かくなるように、感情が起きているときは体も反応しているんです。私が行う企業研修でも、アイスブレイクで体を動かすワークを取り入れています。体が緩んではじめて、自分の感覚が知覚できるようになる。感情の言語化は、脳と体のトレーニングと言ってもいいですね。
エンプロイー・ライフサイクルを理解し、やりがいのある仕事環境を作りたい
理想は、「自分らしく生き生きと働き、柔軟にいろんなものを取り入れながら変革できる人があふれている世界」と話すIさん。
担当領域は年々広がり、管理職と中堅社員のソフトスキルの研修から、社内イベント、社内広報、ストアスタッフの育成も務めているそうです。「みんなの目の色が変わり、輝き出す瞬間を見るときに、1番喜びを感じます」と話します。
対談の終わりに、Iさんのこれまでのキャリアと今後のビジョンをうかがいました。
とくに達成感を感じた仕事は、新卒採用の仕組みを変えるプロジェクトです。大学とのコネクションを強化し、インターンを積極的に進め、そこから新卒採用へつなげました。求人広告費が減り採用経費も抑えられましたし、大学や学生との信頼関係も深まり、感動しっぱなしのプロジェクトでしたね。
今は、理念を伝えるだけでなく実現する立場でもあるので、会社で働く時間を、その人にとってやりがいのある時間にしていきたいです。
人事が向き合う課題は、採用や研修といった日々の関わりの中で解決できる場合もあれば、組織の人事制度から変えて解決に取り組むケースもあります。このとき、エンプロイーライフサイクルのプロセスをすべて理解しておけば、できることがたくさんありますよね。全体を俯瞰した上で、最適な発言や施策を行いたいと考えています。
40代からのキャリア形成は、会社の外にも目を向けて
Iさん、お話をありがとうございました。
40歳を過ぎると、組織人としての着地点が見えてくるものです。多くの方が、役職や所属先を失うことに脅威を感じ、パフォーマンスも低下していきます。これは、脳科学の研究でも明らかになっていて、着地点やゴールが近づくと、人は脳内での創造性が失われていく傾向にあると言われています(なお、年齢問わず着地点が近づくと、脳内の創造性は失われやすくなります。これが、いわゆる“燃え尽き症候群”と呼ばれる現象です)。
問題が顕在化してからでは、人材損失が大きくなりがち。そこで中堅社員を対象に、組織内だけに捉われないビジョン形成に力をいれる企業も出てきました。個人と組織の双方にプラスとなるコミュニケーションや働きかけを、心がけていきましょう。
インタビュー・執筆:マチコマキ / イラスト:竹内巧